『あなたまかせのお話』 レーモン・クノー

 元々この人のことは知らなかったし、もちろん実験文学グループ<ウリポ>の名も耳にしたことはなかった。何はともあれ『異色作家短篇集 エソルド座の怪人』収録の「トロイの木馬」のシュールなような放り投げられた冗談のようなすっとぼけた雰囲気があまりに印象深くて、本書を手にした次第である。そういえばまだ『文体練習』も読んでいないや。まあそんな人間の当座の感想を以下に。(○は特に面白かったもの)

「運命」 短いがちゃんと主人公がいる話でくるくる場面が変わるので、映画にするとカッコいいかも。ヌーヴェルヴァーグみたいな感じで。
「その時精神は・・・」 精神などへの論考が、紹介文とともにおさめられているメタフィクションっぽいもの。一番いわゆる実験小説っぽいか。あるいは円城塔っぽい?
「ささやかな名声」 ようやく図書館に入室できたM・Gは。創作背景はいざ知らず、なかなか切れ味の良いショートショートだ。
「パニック」 これも普通に楽しめる。他作にもあるがずれた会話を書くのが巧い人だ。
「何某という名の若きフランス人 ?、?」○ わずか4Pなのに二章もあって、とんでもないオチが待ってるのだから唖然とする。いったいどうなってんだ!
「ディノ」○ 犬の出てくる話だが。訳のわからないうちに詩情あふれるラストへ。むむむ。
「森のはずれで」 引き続き謎の犬ディノ登場。ただ全く個性は違う。しゃべる犬とそれを信じない男の会話がいきつく果ては。よく考えるとバカバカしいようなところもあるんだが、変に納得させられるようなところもあったり。
「通りすがりに ある悲劇に先立つ一幕、さらに一幕」○ 地下鉄の通路で繰り広げられる人間模様。いわゆる<シュールな話>という言葉のイメージに一番近いのはこれかな。でもシュールというだけではなんか言い切れていないのがこの人の面白さだと思う。
「アリス、フランスへ行く」 未完とされる作品らしい。正直よく分からん。
「フランスのカフェ」 解説にもあるように感傷的で、エッセイ風。こうした一面もあるのね。
「血も凍る恐怖」 タイトルからするとクノー流の恐怖小説か?どうも高度な言葉遊びも入ってるようで、そうなると他の感想も全く的外れの気がしてきて・・・。
トロイの木馬」 再読すると会話の面白さに惹かれる。会話をよく研究しているというか。
「エミール・ボーウェン著『カクテルの本』の序文」 これも言葉を話す馬が出てくる。短すぎて感想の方は何とも。
「(鎮静剤の正しい使い方について) ?、?」 シュール系の病院コントみたいな。
「加法の空気力学的特性に関する若干の簡潔なる考察」 2+2=4をめぐる形而上ギャグ。もっともらしいバカバカしさはお見事というしかない。これもどことなく円城風な気が。
「パリ近郊のよもやまばなし」○ 実際に耳にした会話が元になっているという。そうそう、普段の会話って書き取ると意味不明なんだよねー。
「言葉のあや」 これも高度な言葉遊びが土台になってるから、なかなか難しい。
「あなたまかせのお話」 解説にもあるように今じゃゲームブックなどで使われている仕掛けだが、色々な試みをしてきたらしいクノー、1967年の作とはさすがに早い。
「夢の話をたっぷりと」 断片的な夢のスケッチ。mercysnow homepageのdreamsを思い浮かべた。
 
 さて、解説によると「フランスは短篇小説というジャンルが盛んな国とはいえない」らしく、なんとこれでクノー短編は全てらしい。うーんなんだか残念。実験的なんだけど、温かみがあって人懐っこさが漂うところに何とも味があって、まあ他の作品を読めってことですかね。というわけで残り、巻末(解説を除く全体のほぼ3分の1)はレーモン・クノーのまことにシリアスで高度に文学的で(はっきりいって難解な)対談集。内容は当ブログ主にはハードル高過ぎ(新しいフランス語の話とかね)だが、こうしたユニークな作品の背景には鋭い問題意識と深く幅広い知識があるのだという事実にはハッとさせられた。
 一般の人は短編部分だけ読むのでOKかな。それなら作品はどれも短いし、例えば筒井康隆が楽しめる人なら気に入る話は必ずあるはず。