『風の十二方位』 アーシュラ・K・ル・グィン

 ル・グィンも興味がありながらまだ数冊しか読んでいない作家である。きちんとは思い出せないが『闇の左手』は面白かったように思う。本書は当ブログ主がSFを読み始めたころから世評が高かった。で、のんびり読む機会を探っていたら四半世紀が過ぎてしまった。いやはや。さて中身だが、予備知識なく手に取ったら(解説にもあるように)長編と関連するような短編が結構多かった。それらは決して単独ではわからないというものばかりではないが、わかりづらいものもあった。というわけで、それぞれの感想、そして単独で読めて面白いものに○を。
セムリの首飾り」○ 『ロカノンの世界』の序章だったということで、これも長編関連作品といえるが、これはそのままでも楽しめる。ファンタジイ的な世界の裏にSF設定があるというもの。
「四月の巴里」○ とある文学博士がやけになって呪文を唱えると・・・。著者にとってはお遊びの短編なのかもしれないけど、こういうのは好きです。
「マスターズ」○ 中世(あるいは中世的な世界?)を舞台に科学的思考が秘蹟として一部の修士たちに受け継がれている、という話。派手なアイディアがあるわけではないけれど、いろいろな意味でSFファンの琴線に触れる作品でしょう。
「暗闇の箱」  ヒロイック・ファンタジイ的な雰囲気のある作品だが、いかんせん短い。
「解放の呪文」 アースシーの一部。傑作といわれているが、うーん単独だとファンタジイ方面に疎い身にはきつい(作品世界に没入しにくいのである)。
「名前の掟」 これもアースシーものだが、こちらは軽妙なコメディで楽しめる。「呪文」と共に言葉が大きな意味を持つところも特徴なんだろうなあ。
「冬の王」 冬というのだから『闇の左手』関連作品。ヒロイック・ファンタジイとSFの要素がバランスよく組み合わさっていて面白かった。ただ作品の背景を知らないとどうか。
「グッド・トリップ」 ドラッグもの。『天のろくろ』は積読中。
「九つのいのち」○ 退屈な惑星で仕事をしていた二人の男のもとに男女5人づつのクローンがやってきた!これは皮肉な笑いに満ちたSFらしい作品。
「もの」○ 終末をむかえる(中世的な)世界の中で、煉瓦を運ぶ男。ル・グィンいうところの<心の神話(サイコミス)>が、どんなものかいまいちわからないけど、何はともあれずしりと重い読後感が残る作品である。
「記憶への旅」 これも名前に関する話のようだが、言語実験的で難しい。
「帝国よりも大きくゆるやかに」○ 変な惑星にいって危ない目にあう、というストレートなスター・トレックもの。個性的な乗組員という点でも。わかりやすい傑作。
「地底の星」 中世的な世界で異端視された天文学者は。「マスターズ」と同傾向の作品。こうした中世的な世界を書かせるとほんとに巧いね。
「視野」 予定を大幅に短縮して火星から帰還した宇宙船の乗組員たちにおこったこととは。うーん、単独で読める作品だけど、これは平凡なよくあるSF。
「相対性」 まずまず楽しめるが、冒頭の作品紹介(全ての作品の前に著者による作品紹介がついてます)で著者自らネタばらしをしているのはどうか(本人はネタだと思っていないということか、うーむ)。
「オメラスから歩み去る人々」○ 美しく幸福に満ちた星オメラスとは。いやーこれは名作です。全部で11pにもならないのに、凄いぞ。ティプトリーみたい、というと勘のいい人はアイディアがわかってしまうかな。さて、この作品はSFマガジン2008年7月号若島正「乱視読者のSF短篇講義」で取り上げられている。本作から続くユートピアに関するル・グィンの思索の軌跡が(なかなかハードな論考だが)興味深い。また、若島先生と『所有せざる人々』の出会いが書かれていて、ル・グィンがtheという定冠詞ひとつの使い方で作品世界を構築できる恐ろしく高い技量を持った作家であることも伝わってくる。そういった意味では、なんだかこんなぬるい感想を書いているより、少しでも原書に当たった方がいいのかなと気落ちしてしまうが、まあそれはともかく邦訳の『所有せざる人々を』読まなきゃだ(と思ったら、積読してたはずなのに行方不明。入手困難のようだし困ったなあ)。
「革命前夜」 これはその『所有せざる人々』関連もの。まさに革命前夜の話のようだが、これまた単独では厳しいなあ。
 というわけで、読んでみたら初期のル・グィンの集大成的な作品集であった。多様な作品が入って著者自身の解説もあって充実した短編集だが、充実し過ぎてファン以外にはやや敷居の高いものとなってしまった感もある。入門編として、もう少し作品数が少なくてシリーズものと関係がなくてわかりやすい短編を集めたものがあってもいいのになあと老婆心ながら思いました。あと言葉を細かく使い分ける作家のようなので翻訳作業は難しそうだとも思った。