SFマガジン 2010年1月号

 ヴォリュームたっぷりの50周年記念号Part?海外SF篇。これまで分厚い特大号を読み切ったことなど一度もないが、今回は節目の年ということで読み切りをすべて読んでみた(<誰に頼まれたわけでもないのに)。以下SFマガジンとの昔の思い出話多めで雑感。過去の掲載年月はいつも頼りになるAMEQさんの翻訳作品集成から。

「息吹」テッド・チャン ある知性体が自らの認識のメカニズムを研究する話。古典科学的なディスカッションが世界を認識する扉となる点ではやや古風な趣があるが、アイディアは斬新でまたまた人気を呼びそうな傑作。どことなくベイリー風でもあるが、もっとスマート。
「クリスタルの夜」グレッグ・イーガン 意識を持つAIを生みだすプロジェクトの話。解説にあるようにイーガン流の「フェッセンデンの宇宙」。その意味でやや既視感が。
「スカウトの名誉」テリー・ビッスン ある日主人公のもとにネアンデルタール人と遭遇したレポートが定期的に届くようになる。技巧派ぶりは健在。
「風来」ジーン・ウルフ 文明が退行した世界。乏しい食糧を分け合う相互監視的な社会で、少年は秘密を持ってしまう。もちろんウルフなんで、世界の背景はストレートには書かれていないが、ウルフ十八番の、主人公の痛みを伴う体験がそこはかとなく表現される孤独な少年の物語。正直派手さはないんだけどじわじわくる。人間ではない知的生命体(本作では新人類らしい)を間接的にエピソードや会話から描くという点で、追悼号のディッシュの「ナーダ」を連想した。
「カクタス・ダンス」シオドア・スタージョン 野外調査に出かけたあと姿を消してしまった植物学教授を苦労の果てに探し当てた部下の研究者。怒りとともにことの真相を聞き正すが。(どことなくヤヴァい空気感など)らしいとしかいいようのない幻想譚。やっぱスゲエ。スタージョンのことは最初から面白いと思っていたわけではない。しばらく買っていなかったSFマガジンを久しぶりに買ったところ、「墓読み」が載っていて(1999年2月号)、その異様な熱気に圧倒されてから、その魔力を知ったのである。
「秘教の都」ブルース・スターリング 魔都トリノを舞台にしたスターリング流悪ノリ地獄めぐり現代怪奇小説(でいいのかな)。元ネタやトリノに詳しければ楽しめるのかな。相変わらずのユニークな試みには感心するものの、個人的にはピンと来ず。最近のスターリングはこんな感じなのかなあ。下記のようにサイバーパンクには苦い思い出があるが、「スキズマトリックス」はともかく、「巣」(1983年4月号)や「スパイダー・ローズ」(1983年10月号)は新鮮だったし面白かった。いずれもSFマガジンで読んだと思う。当時高校生だったさあのうずにとって、(始まって数回目の)SFセミナー合宿で大学生のお兄様方とその二作のどちらが好きかと話し合ったのが良い思い出だ(内容は全く記憶にないが)。
「ポータルズ・ノンストップ」コニー・ウィリス とあるアメリカの田舎町の変なバスツアーの中身。ジャック・ウィリアムスンねたとは確かにSFマガジンの記念号ぐらいでしか読めないかもね。でもジャック・ウィリアムスンをほとんど読んだ記憶がないので、まあまあ面白かったけど感想としてはその程度。
「≪ドラコ亭夜話≫」ラリイ・ニーヴン あれ?再録とか書いてあるけど?なるほど<宇宙塵>の再録ってことなのね。
「フューリー」アレステア・レナルズ 分厚いレナルズたん。遅読者には近づきがたいお人。何か読んだことあったかな。ほとんどないはず。これは銀河帝国皇帝とその優秀なお付きのものの話。サクサク読めるけど何だかどうってことのない話だなあ。さらに距離が遠くなってしまった。
「ウィケッドの物語」ジョン・スコルジー スコルジーも初めて。優れた人工知能を有する宇宙戦艦ウィケッドに乗り、タリン族の戦艦と戦闘を行ってきたクルーたち。優勢だが止めを刺せない状況下でウィケッドの調子がおかしくなる。アシモフの三原則も出てくる直系のロボットSF。まあまあかな。
「第六ポンプ」パオロ・ばちかぶり ってなネタは誰でも思いつくけどいってみたかったの。環境汚染がすすんだ未来。下水処理工の主人公は家では子づくりに悩まされ、仕事場ではくそったれな上司と機械の故障に悩まされる。全く鬱な未来社会だけど、クラブでハイになるような普通の若者である主人公が等身大で描かれているのに好感。応援したい作家。
「炎のミューズ」ダン・シモンズ 上位種族に支配された人類。主人公たちは宇宙船<ミューズ>で巡業するシェイクスピア劇団。なぜか史上初めて上位種族の前で芝居をすることに。人類の命運を分ける舞台!っていうオフビートなノリはヴァンス・トリヴュートらしくていいですなあ。シェイクスピアや神学ネタに強いともっと楽しめるのだろうけど。

こっから再録もの。再読のものも読み直してみたです。
「凍った旅」フィリップ・K・ディック 前に感想を書いたことがあるけど、やっぱいいわ。オススメ。ウルフが寂しい少年の話ならディックは侘しい中年の話。最近とみにこの手のショボクレた話に弱くなってきたな。まいったな。
「明日も明日もその明日も」カート・ヴォネガット 初読。不老薬で人口増大が止まらない未来の家族の話。夢は祖父ちゃまが死んで個室やダブルベッドやTVのチャンネル権(古いか?今は何ていうんだ?)が手に入ること。ヒドいオチが素晴らしい。
「昔には帰れない」R・A・ラファティ 初読(だと思う)。オウセージ郡のちっぽけな町ホワイトカウ・タウンの不思議な話。大人にならずにみっともなく年をとっただけ、とラファティはいったが、その作品は子供そのままの感性から描かれているわけではないように思う。そこには過ぎた年月の重み苦味がついてまとっているのだ。きっと本作のように。
「いっしょに生きよう」ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 視点の切り替えがポイントなのでどんな話か書きづらい。まあファーストコンタクトものというかな。なんと共生ものでもあったりして。終盤がなくても普通のSFとして成り立ちそうな気もするけど、終盤の遥かなる遠き故郷への思いみたいなところがティプトリーらしさかな。その思いはSFによくみられるもののはずだが、どことなくそれまでの話の流れとつながりが悪かったり。SFマガジンとは関係ないけど、しばらくSFを読まなかった90年代前半に唯一読んでいたのがティプトリーだった(以前書いた気がするが)。
「記憶屋ジョニイ」ウィリアム・ギブスン サイバーパンク(特にギブスン)とのすれ違いについては世代的に苦い思い出がある。コアなSFファンを自認していて、ロックファンでもあったのに、『ニューロマンサー』が分からなかった自分には本当にがっかりしたものだ。しかも別にSFファンであると自称した様子もない先輩や友人やらが絶賛しているのだからなおさらだった。それでも短篇は結構好きだった。『クローム襲撃』で読んだ「ニューローズ・ホテル」は楽しめたし、「ガーンズバック連続体」にもウィットが感じられた。上記のようにスターリングはまだ分かったが『スキズマトリックス』にはやはり歯が立たなかった。ベアの『ブラッド・ミュージック』は面白かったがサイバーパンクとは思えなかった。そのあたりから90年代前半、あまりSFを読まなくなる(サイバーパンクにがっかりしたのではなく、SF中心に読んでいたためにかえって感性が鈍ってしまったのではないかと不安に襲われたのだ)。かなり脱線したが、あらためて読んでみると、こんな話だっけ?割とあっけない話ね。恥を忍んでいうが、書いていることがようやく分かるようになってきたよ。ただ、次から次へとアイディアを整合性を度外視して重ねるというスタイルは他の作家でもあるんだけど、「ニューロマンサー」にはどことなく80年代のバブル時代のゴテゴテしたガジェット趣味が感じられて、多感な時期をその頃過ごした身として、どうにも気恥かしい部分があるんだよね。
 
 あと本号から、人間はこんなに本を買ってだいじょうぶなのだろうかといつも心配になるToll et Lege Diaryでお馴染み中野善夫さんの新連載評論がスタート(まあその心配は巡回しているブログやHPの大部分にあてはまるんだけど)。ファンタジイには疎いのだがSFとファンタジイの指向性の違いを論じた期待通りの面白さ。これからが楽しみだなあ。