『天来の美酒/消えちゃった』 コッパード

 さてさてコッパードである。kazuouさんが書かれているように、ファンタジー系の作品が多い一方でアカデミックな世界から出てきた人ではない自由さもあって、独自の味わいを持っている作家である。(○が特に面白かったもの)

「消えちゃった」○ 夫婦と友人の三人でドライブ。そのメーターが狂い始めて・・・。不可思議な疾走感のある作品。こうくるか!
「天来の美酒」 とある独り者に遺産が転がり込んだ。厄介な親類もついてきてしまったが、巧い麦酒があって。こちらも変なオチ。いやいや悪い意味ではなく、予想を超えている。酒飲み小説ともいえるか。
「ロッキーと差配人」○ 女房に逃げられたロッキーはいろいろと変なものを見るようになった。澄んだ空気の田舎ファンタジー、って表現を思いついたんだけどkazuouさんが既に<清澄なファンタジー>と書いておられた。
「マーティンじいさん」 長寿の平和な村で最近死ぬやつらが多い。いずれも飲んだくれで女に目のない悪たれどもだが。前半は不気味な話かなという展開なんだけど、後半何だかしんみりした雰囲気に。これも予想外だなあ。
「ダンキー・フィットロウ」 怠け者のダンキーは結婚しようとあらゆる女に声をかける。ただ一人駱駝みたいな顔の女を除いて。夫婦に関する深遠な物語w。
暦博士」○ 暦を作るスウィートアップル博士はムーアじいさんの不気味な予言を耳にする。ちょっとした話なんだけど、いいですよ。
「去りし王国の姫君」 小さな小さな王国の姫君と不思議な樹の下に住む若者の愛の物語。ファンタジーらしい美しい作品。
「ソロモンの受難」 イカレた大学教授ギングルが友人夫婦の家を訪問し、<見えざる破壊者>の話をする。なかなか怖い話であるがオチの処理は独特。
「レイヴン牧師」 人の良いレイヴン牧師。毎年恒例の遠足に出かけたはずだったが、何故か審判の時がやってきて楽園へ向かうことになった。オチがピシッと決まっている。
「おそろしい料理人」 裕福なジョリー大旦那はやさしい性格で、嫌いになってしまった妻との生活を辛抱強く保つために、お気に入りだが妻や周囲と折り合いの悪い料理人をクビにする。しかしその女はなかなか出ていこうとしない。これもコワい話だなあ。コッパードの恐怖ものはおどろおどろしさはあまりないんだけど、日常生活から地続きで陥穽が待ち受けているような怖さがある。
「天国の鐘を鳴らせ」○ 農家の気難しい少年フェントンは、芝居をみてからは本ばかり読むようになった。やがて農業を継がず小麦商人になったのだが。一番長い作品で、フェントンの波乱に満ちた生涯を描く普通小説。これは他のものとやや毛色の違うシリアスな作品。説教師のような仕事をするフェントンはその一方で宗教の世界とうまくやっていくことが出来ない。解説にもあるようにコッパードの宗教に対するアンビヴァレントな姿勢を感じさせる内容となっている。その揺れる思い、割り切れなさが作品の魅力となっている。フェントンの孤独な生涯は小説家や創造者の隠喩なのだろうか。

 上にも書いたようにおどろおどろしさはないが、登場人物たちは不意にひどい目に合い、あっさりと命を奪われたりする。自然描写が美しいのも特徴で、田園風景の隣に悪夢があるような世界が現われてくる。