ミステリマガジン2011年3月号特集ベスト・オブ・ベスト・ショートストリーズ

 ミステリマガジン3月号は短篇特集。ということでいそいそ買ってきて読んだので特集短篇の感想。今回の特集は名作短篇とそのトリビュートもののペアが並ぶ。

「女か虎か」フランク・R・ストックトン
「異版 女か虎か」アブラハム・ネイサン
 前者は究極の二択もので有名。名は知っていたが初めて読んだ。うーん、あんまり面白くないなー。当時はこういうものは珍しかったのかな。歴史的意味はあっても楽しめないものってあるよね(後述)。後者の方は登場人物を増やしてむしろストーリーで読ませる感じ。まあまあかな。形式を借りているものの若干方向性が違う気も。
「気に入った売り家」ヘンリイ・スレッサー
「登頂」大倉崇裕
 ヘンリイ・スレッサーってまだあんまり読んでないんだよなー。短篇好きなんて公言出来ないや。それにしても意外と短篇集が手に入りにくいんだな(『最期の言葉』と『うまい犯罪、しゃれた殺人』)。人気が下降気味なのかねえ。この作品も傑作なんだけど洗練されすぎてひっかかりがない、とは無いものねだりか。今はこういうタイプの作家は分が悪いかも。でも切れ味は抜群なのできっかけがあればいろいろ再刊されるチャンスはありそう。大倉崇裕は初めてだが、冬山登頂の緊迫した状況と落としどころのバランスの妙が見事。
「銅版画」M・R・ジェイムズ
「祝儀絵」三津田信三
 こちらはホラー。M・R・ジェイムズたぶん初めて。勉強が足りまねせぬな。で、これは傑作。銅版画の冷たい手触りが恐怖譚を硬質な幻想に昇華させている。対して後者は和ものの湿気を含んだホラー。導入が巧く、すっと物語に引き込まれる。絵の質の違いが二作品のテイストの違いに現われているのが面白い。今号のMVPコンビ。
「冷たい方程式」トム・ゴドウィン
「黒い方程式」石持浅海
 SFものだが・・・。歴史的意味はあっても楽しめないものがあると書いたが、自分にとってはこの「冷たい方程式」が典型。その昔日本SF作家の間でこの設定を借りた‘方程式’ものが流行って、楽しんだ記憶がある(中でも堀晃の「連立方程式」は連作にしてしまうというやや反則ぎみながらの傑作で強く印象に残ってる)。が、約30年ぶりに読んだ元ネタの方はやっぱり面白くない。密航の娘の動機も浅いし、何か冗談のような脚本を無理矢理シリアスな顔で演じている劇のようだ。若い女性を馬鹿にしているかのごとき描き方も減点対象だ。わずかの重量オーバーも許されない宇宙船に密航者がいたら、という骨組みは多くの作家がチャレンジしたくなるような魅力を持っているので、元の作品を忘れて(笑)それぞれの作家がどんな答えを出すかを楽しめばいいのだろう。さて「黒い〜」は共働きの夫婦の何気ない日常が‘方程式もの’にあっという間に変貌するという短いながらも起伏に富んだユニークな作品。
「アスコット・タイ事件」ロバート・L・フィッシュ
「T坂のベーグル事件」村崎友
 最後はユーモアミステリで。まっ、この二つは軽ーく楽しむのが吉かな。

 2006年のオールタイム・ベスト10を振り返る、ゼロ年代短篇概観、著名な方々による好きな短篇ベスト3などなど未読の作品がずらり。積読が既に山のようにあるんですから、もうあんまりいろいろ薦めないで下さい(笑)

※追記 「冷たい方程式」は1954年だから、シリアスで現実味のある人間ドラマをSFで描くというのは野心的な試みだったのかな。まあ同時代でも今なお古びていない作品もあるわけで自分の中の評価は変わらないのだけど。