『犯罪』 フェルディナント・フォン・シーラッハ

フェルディナント・フォン・シーラッハ

発売日:2011-06-11

 話題本。ベルリンの高名な刑事事件弁護士が現実の事件を元に書いたデビュー作にして本国でベストセラーになったという短編集。基本的に予備知識なしの方が絶対楽しめるので以下の紹介は読後ないし読む暇のない方だけどうぞ。また渋めの表紙ですが一級のエンターテインメントなので騙されぬよう(笑)。 


「フェーナー氏」 何不自由ない開業医が長年連れ添った妻を殺害した理由とは。マジメな男が陥った心理状態に人間心理の不思議さが浮き出てくる話。
「タナタ氏の茶盌」 街のちんけなチンピラが空き巣を企て成功したかにみえたが。意外な展開であっといわされる。
「チェロ」 資産家の父子家庭で厳しく育てられた姉弟がある日独立をすることを決心した。いろいろと考えさせられるなあ。
ハリネズミ」 犯罪一家の中で愚鈍を装う男の話。とある事件の証言台に立つんだけど裁判長とのやりとりが絶妙。
「幸運」 貧しい中で愛を育んだ若いカップルの物語。これは切ない系。これもまた違った味があっていい。変化にも富んでいてどれ一つといって似たような作品がないところもすごいんだよな。
サマータイム」 密会していた愛人の殺人事件の容疑者となった実業家。正統派の法廷サスペンス。
「正当防衛」 オヤジ狩りをしていた前科者の二人が逆に殺された。加害者となってしまった身元不明の男は過剰防衛ではないのか?ある意味一番の衝撃作。
「緑」 とある村で目のえぐられた残虐な羊殺しが続発。地元の名士の息子が犯人として事情聴取されるが、その男が思いを寄せていた娘の失踪事件が起こる。これもスリリングだなあ。
「刺」 ちょっとした事務手続きの不備で何年も単調な警備仕事を行うことになった男。ある日一つの大理石像に妄念を呼び起されてしまう。奇妙な、大好物の異色作家系。次第に壊れていく様がなんとも印象深い。
「愛情」 恋人にナイフを立ててしまった美青年。これもなんともスゴい話だなあ。
エチオピアの男」 家族にも教育にも社会にも見離された大男のたどった数奇な運命。驚くような展開をするラストにふさわしい作品。
 
 とにかく切れ味がよくて一気に読める面白本。さすがに社会の裏を知っているせいか信じられないような話に混じって心底背筋が寒くなるような結末のものもある。どこまでがフィクション部分なのかなあ(信じられないような話もそうだけど、「サマータイム」のような見事すぎる法廷サスペンスもかえってどこがフィクションなのか気になる)。「フェーナー氏」「タナタ氏の茶盌」「チェロ」「刺」「エチオピアの男」あたりが特に面白かったが、全部おすすめ。構成の巧さ、引き締まった文章も魅力的だが、あまりにもスゴい話ばかりなので同じような実在犯罪ものだとネタはもうないかな(笑)。