『楽園への疾走』 J・G・バラード

  「アホウドリを救え!」核実験の危険にさらされた島を救おうと環境保護運動を展開する狂信的な中年女性医師バーバラと、日々を無為に過ごしていたが彼女に魅了され行動を共にする少年ニールらの激しい活動はいったん成功を収めるかに思えたが・・・。
 もちろんバラードだから、その果てには当然怖ろしいことが待っている。1994年発表の作品で、『コカイン・ナイト』、『スーパー・カンヌ』(そしてたぶんMillenium People)のような高級リゾート地(や住宅街)を舞台にした犯罪をめぐる話とは若干カラーが違う。とはいっても特に80年代頃の作から目立つ、ノンSFで現代を舞台に強迫観念に取りつかれた人間の物語が繰り広げられるということで、ある意味同様の路線といえる。テンポ良く話がエスカレートするので、『スーパー・カンヌ』より読み易いかな。モチーフは核実験の影、南洋の島、荒廃していく精神など「終着の浜辺」とかなりの部分重なる。「終着の浜辺」の核による直截的な世界の死のイメージに比べ、より緩慢な死のイメージがあるように思われるがどうだろうか。いずれにしても、人を常に驚かしたいというバラードのこと、本作でもこちらの常識は揺さぶられ、無意識の部分が露にされたような気分になる。