『棄ててきた女』 異色作家短篇集イギリス篇

アメリカ篇に比べると地味だなと思ったが、読んでいくうちに渋い味わいがこれまたなかなかに良く感じられるようになってきた。若島シェフの術中にはまったのかもしれない。あるいはオヤジ趣味がいよいよ強くなってきたのか(自分)。以下◎がおすすめ。

「時間の縫い目」(ジョン・ウィンダム) アイディア自体は古典的タイムスリップものだとすぐ分かるが、庭園などイギリスの家らしい描写がよくマッチしている。
「水よりも濃し」(ジェラルド・カーシュ) 前半での頼りない主人公に対する伯父の罵倒が強烈だが、後半に話はわりと普通になる。
「煙をあげる脚」(ジョン・メトカーフ)◎ あるいかさま医師のところに脚を負傷した水夫が転がり込むが・・・。まあまさしくタイトルどおりの話なのだが、怪しくおどろおどろしい雰囲気が素晴らしい。こちらの方がカーシュみたいだというわけの分からない感想はやめておこう(大体そのカーシュも『壜の中の手記』しか読んでないし)。
「ペトロネラ・パンー幻想物語」(ジョン・キア・クロス) 赤ちゃんコンテストに永年開いている温厚な紳士コルンゴルト。ある時美しい赤ちゃんを主人公は目にするが、コルンゴルトは興味を示さない。その理由は・・・。まあまあかな。
「白猫」(ヒュー・ウォルポール) 金に困った男ソーントンは裕福な未亡人と結婚をしようとするが。恐怖小説はやはり猫ですよね、猫。
「顔」(L・P・ハートリー)◎ 若い頃からある種の顔に偏執している男。その顔を持つ女性と結婚するが、事故死してしまう。彼の友人達はまた同じ顔の女性を見つけたが・・・。派手な話ではないが、苦い余韻を残す味わい深い一編。
「何と冷たい小さい君の手よ」(ロバート・エイクマン)◎ 婚約者と長期に離れることになったエドマンドは、昔の女友達に電話をかけるが、違う女性が出てくる。その女性と電話越しでだんだん交流を深めていく・・・。まあベタといえばベタだが怖いですよねえ。
「虎」(A・E・コッパード) サーカスの親方ペダセンは猛獣使いのマリーに熱を上げる。サーカスというのも恐怖小説の舞台設定として定番だなあ。
「壁」(ウィリアム・サンソム)◎ 空襲の最中に起こった奇妙な出来事。わずか5pたらずだが不思議に印象に残る。
「棄ててきた女」(ミュリエル・スパーク) いやな上司(社長?)の耳障りな口笛。これまた短いが強烈。
「テーブル」(ウィリアム・トレヴァー)◎ 家具商ジェフズ氏は中古のテーブルをハモンド夫人より買い取る。ところがそのテーブルをハモンド氏はヨール夫人という人物と買い戻しにくる。古いテーブルをめぐってのドタバタ劇かかと思いきや、孤独な人間の物語だということが最後に分かる。しみじみとさせられました。実は事の真相が定かには書かれていないのもポイントかな。
「詩神」(アンソニー・バージェス) おお直球のSF!時間の流れが遅いもう一つの地球というアイディアを使ったタイムトラヴェルもの。不安定な世界ということで怪物も出てきたりして楽しめる。いやシリーズかも可能かも。誰か引き継いで下さい。
「パラダイス・ビーチ」(リチャード・カウパー) またカウパーかよ!しかもトリだし!ヴァーチャルリアリテイものでミステリー仕立てというのはカウパーの先駆性が感じられる。全体の味わいが渋めなのも相変わらず。

全体として普通小説系のものが面白かった。