『銀の仮面』 ヒュー・ウォルポール

 秀逸な恐怖小説集。192030年代の英国人気作家だが、基本的には心理劇側面が強く、一見超常的な事件が起こっても出来事の真相はその通りか判然としない(心理の反映のようにも読める)。そうした手法が時代を超えてストレートにこちらの背筋を寒くさせる。以下◎が特にオススメ。

 「銀の仮面」◎ 有名な作品だがやはり凄い。困窮にある美しい青年の頼みを断れない、人の好い中年女性。謎の青年の正体より、主人公の内面が興味深い。 
 
「敵」◎ 本の事だけを気にかけていたい、小さな本屋の店主。通勤時にいつも馴れ馴れしく語りかけてくる鬱陶しい男がいた。これはあなたの(そして私の)物語である。
 
「死の恐怖」 これもいけ好かない人物の話。ラストの皮肉は強烈。
 
「中国の馬」◎ 金銭的事情でお気に入りの庭園つきの家を手放す羽目になった孤独な中年女性。家の一時的な借り手になった若い女性に裕福な恋人が出来るが・・・。短編とは思えない濃密さ、予想もつかない展開。個人的には集中ベスト。
 
「ルビー色のグラス」 子供の世界にもやるせないルールがあるのかもしれない。これまた恐ろしい話である。
 
「トーランド家の長老」 英国の田舎町レイフェル。有力なトーランド家に君臨する声を発することの出来ない老婆。人の良心についてのとってもヒドイ解釈がここに。
 
「みずうみ」 またまた嫌なヤツの話。人間関係のエグイ部分をこれでもかというぐらいに抉るのがこの作家の得意技なのだろうか。
 
「海辺の不気味な出来事」◎ 少年の日の悪夢のような出来事。わずか8Pの戦慄のホラーである。
 
「虎」◎ Englishman in New Yorkな話(こうしたモティーフはいつからあるのだろう)。この作品ではニューヨークの孤独が猛獣の登場が結び付けられているが、ウォルポールのネタの選択に感心させられる。例えば「銀の仮面」もなぜ<銀の仮面>が小道具として使われるのか正直よく分からないところがある。この作品もニューヨークと猛獣の関係はよく分からない(都会とジャングルの対比や対照的なものの逆転などと言い切れない部分があり、むしろそういう解釈をさせる書き込みを敢えてしていないようにも感じられる)。ただ結果として選択されたもの結び付け方は的確で効果的である。
 
「雪」 死亡した前妻の影におびえる後妻。雪の使い方がうまい。
 
「ちいさな幽霊」 友人の死への哀しみに耐えられない男の遭遇する奇妙な出来事。ラストを彩る抑制の効いた渋い物語。

 どの作品も短編ながら描かれる心理描写が見事である。上記のように◎をひとまずつけてはみたが、全作傑作といってよい。選者&訳者の倉阪鬼一郎氏に大拍手を。
 このウォルポール、ゴシック・ロマンの古典『オトラントの城』(よんだことない)のホレス・ウォルポールの子孫らしい。本当ならこの血筋には<何か>があるに違いない。