『老ヴォールの惑星』 小川一水

 たまには日本の現代SFを読んでみようと思って、手にした。とはいえもう3年前に既に出ているし名の通った本だがそこはご容赦頂いて。期待以上の面白さだった。基本的にはクラークの流れを汲んだ最近ではむしろ貴重なポジティヴな宇宙科学SFといえる(2006年版SFが読みたい!のインタビューでは小松左京の名も出てくる)。アイディアは正統派かつ現代的にブラッシュアップされているところが素晴らしい。
「ギャルナフカの迷宮」 近未来のとある国、政府に批判的な姿勢をとる者は投宮刑という刑罰に処せられ、地下の謎の大きな迷宮に放置される。各自が別々の食料のありかが書かれている地図を持つのみで、全体の地図がなくその食料が一人分しかないことや<生肉喰い>と呼ばれる食人集団への警戒から、複数の人間が居るのに共同で行動出来ない、という設定がユニーク(ただしこんな迷宮の状況を維持するのは政府側にとってエラくコストがかかる気がするけど)。主人公のテーオが自分の居場所を次第に把握していくきっかけのアイディアが巧い。後半文化人類学SF方面に向かうのもちょっと意外性があって楽しめる。
「老ヴォールの惑星」 1995年に発見されたというホットジュピターを舞台にした話。熱風吹きすさぶ過酷な惑星で生命体が宇宙への交信を図るという正調クラーク系ハードSF。現代でもこういった作品が成立することを証明してみせたのだから、若いのに立派なことじゃうむうむ。←だから誰?
「幸せになる箱庭」 ファーストコンタクトを目指す宇宙飛行士達の話。これまた随分ストレートなネタだなあと思っていたら、ひとひねりあって後半に現代的なヴァーチャル・リアリティネタになってくるのがこれまた意外。一番楽しめた作品かも。
「漂った男」 宇宙軍パイロットのタテルマ少尉は流星との激突で、広大な惑星パラーザに不時着する。栄養補給可能な海に覆われた星いるが大きすぎて救出が不可能な星で、タテルマは通信だけを頼りに海をただ漂う。こちらはワンアイディアで引っ張っていくタイプの物語。通信の向こうでいろいろなことが起こるという設定のため、主人公の状況は変わらないのに飽きずにどんどん読ませてくれる。
 最後の作品に代表されるようにどこかすっとぼけた現代的な明るさのある主人公が出てくるのが特徴で、前向きな全体のトーンが必ずしも押し付けがましく感じないのはそのせいだろう。