『カリブ諸島の手がかり』 T・S・ストリブリング

 まだ暑さが抜けきらないこの頃、南洋を舞台にした変わったミステリが文庫化されたとあればちょうどいい。というわけで、衝撃の結末が待っているという噂の「ベナレスへの道」が収録された『カリブ諸島の手がかり』。訳者はあのクラニー先生である(当然にしてただならぬ作品と推測)。1929年に出版された作品で、舞台は同じ時代の植民地の状態から脱していないカリブ諸島。主人公はアメリカから来た心理学者のポジオリ。素人探偵ポジオリが色々な島で謎解きに挑戦するというシリーズである。ラストは見事に腰を抜かしたし、全体としても十二分に楽しい短編集だった。以下各編について。
「亡命者たち」 ベネズエラを追われた独裁者ポンパローネがオランダ領西インド諸島キュラソー島に逃げ込んだ。ハインシアス警視正はポンパローネがベネズエラに戻らないよう(政治的混乱を避ける列強の意思で)監視している。そんな中ポンパローネの泊まっていたホテルでそこのオーナーの死体が!そこに謎のダイイングメッセージ。容疑者となったポンパローネは無実についての証明を周囲の人々に呼びかけ、休暇中のポジオリが手を上げる。ポジオリ初登場の作品だそうだ。決して派手とはいえない謎解きなんだが、そこから思いもかけない方向に話が展開するところがなんとも。
「カパイシアンの長官」 何故か名を上げたポジオリ。今度はハイチの都市カパイシアンの長官ボワロンの下への出頭を要請する電報を受けとる。訳も分からず好奇心に駆られてやってきたポジオリを待っていた依頼とは、反乱軍のヴードゥー教まじない師ジョン・ラフロンドの正体を暴いて欲しいというものだった。政府側からの密偵の耳を切り落とすという残虐な相手のところにやむなく潜入せざるを得なくなるポジオリの嘆きがなんともいい味である。とかニヤニヤしていると、話は二転三転、思いもかけずスリリングな本格的冒険小説の様相を呈してくるのだから油断がならない。南米にも住んだ作者のこと、ヴードゥーの描写になかなというか説得力があるし、一度は世界初の黒人共和国となりながら政情不安定でアメリカの占領下となった複雑なハイチの事情も背景として生かされている。集中一番の長さもだれることのない傑作。ちなみに舞台の一つとなるラ・フェリエールは世界遺産だそうだ(シタデル・ラフェリエール)。
「アントゥンの指紋」 どんどん名声の高まるわがポジオリたん。今度は警視総監じきじきにマルティニーク島の銀行強盗の捜査協力を依頼される。その土地の建築物の装飾が犯罪の複雑性と関連があるとする理論に固執するポジオリの理論派特有の意固地さがこれまたおかしい。挑発するド・クレヴィソー勲爵士とのやり取りが絶妙。
クリケット」 もうすっかり有名人のわが先生。バルバドス島で起こったクリケット試合後の変死事件について、偶然島に居合わせた先生は直ぐに身元が割れてしまい、捜査を手伝うことに。ミステリとしても傑作だが、解説にもあるように最後の皮肉が強烈。一種のミステリ批評的側面をもつ作品で、侮りがたし。
「ベナレスへの道」 度重なる事件に疲れたのか先生、トリニダード島ではのんびりして気まぐれにとある寺院で一夜を明かす。帰宅してその寺院の祭壇に、前日見かけた結婚式の新婦の首切り死体が発見されたことを知る。新郎が犯人として捕まったものの、どうにも納得がいかない先生「真犯人は別に!」なんて言ってみるのだが、ほどなく先生が最有力容疑者に!(そりゃそうだよ・・・) てな話なんですが、謎解きもラストもちょっとこんなのあり!?と
驚愕。ミステリファンとはとても言えない様な経験値(読書量)なんでフェアかアンフェアかはよく分からないが、大好きですこういうの。
 洞察力はあるがあくまで素人探偵のポジオリが、とある事件を解決して評判になり色んな島で名探偵としての活躍を期待されてしまう、といういわゆる<巻き込まれ型>の主人公であるところが楽しく、危険なことになると逃げ腰だったり挑発されるとむきになったりするところがおかしい。かといって完全にコメディというわけでもない重さや皮肉な風味もあって、奇妙な味系好きにはたまらない雰囲気である(訳のおかげもあるのかな)。作品背景に宗主国の傲慢や欲望や差別意識といった植民地らしい要素が巧く取り入れられ、時代を越えた面白さがある一方でこの時代ならではの読みどころがあるのも嬉しい。