『ガダラの豚』 中島らも

  作者の代表作の一つで、日本推理作家協会賞受賞作。

  
主人公はアフリカの呪術研究で有名人になった大学教授大生部多一郎。以前フィールドワーク中に事故で娘を失った過去があり、それからアルコール依存症になってしまった。マスコミの寵児である彼は、超能力の存在を検証するバラエティ番組で超能力の実在を否定する奇術師と超能力者の討論のゲストとして駆り出される。一方、留守がちで酒におぼれる大生部と娘を失った体験の辛さで心を病み始めた大生部の妻は、あやしげな新興宗教の勧誘にのってしまう。

 
これが一巻目の内容で、このあと二巻目では意外にもアフリカを舞台にした大冒険活劇が繰り広げられ、三巻目では(ネタばれを避けるが)また新たな展開があってどんでん返しもあるという大変盛り沢山な小説である。作者の小説というと、ロックで破滅的な本人の人生からどうしても自伝的要素を含み、とぼけた味わいながら内省的な印象の方が強いが、本作ではそういった要素がそこかしこに見られつつも全体として陽性な一大エンターテインメントとなっている。聖書からとったタイトルはなかなか禍々しく、独特のユーモアが冴え楽しく読み進むことができる。1994年の作でネタ的にはその頃が一番の旬だった感じもあり、ほんの少し古びた印象もなくはないが、視聴率稼ぎしか頭にないテレビ業界を背景に呪術・超能力・奇術トリック・カルト宗教やマインドコントロールといった興味深くもいかがわしい匂いのする世界が展開するところが何より最大の魅力。しかもそのアプローチはあくまでも理知的でクールであるところが素晴らしい(その辺がSFファンにも評判となった理由だろう)。全体としてはカッチリ作り込まれた大長編というよりは、筆がのって三部になったという感じで細かく言えば納得できない箇所(最後のあたりのどんでん返しもねえ)もあるがリーダビリティの高い傑作である。
蛇足 本作は多くのアフリカネタから成立しているが、その出所
が最後の解説を読むと分かる。