『空飛ぶ馬』 北村薫

 直木賞受賞記念で初めて読んでみた(これだけ有名な作家でもこんな読者がいるんだからやっぱり作家にとって賞というのは大きいんだろうなあ)。期待通りの面白さでありました。

 主人公は読書にふけってばかりの十九歳の女子大生。身の回りのちょっとした事件や謎を彼女の話や観察から鮮やかに解き明かすのは春桜亭円紫という落語家。
織部の霊」 主人公の大学の先生が見た不思議な夢の謎。
「砂糖合戦」 喫茶店で見かけた女性三人組の奇妙な行動。
「胡桃の中の鳥」 円紫の独演会に招かれ、蔵王へ友人と旅行へ出かけた主人公が出会った思わぬ出来事。
「赤頭巾」 歯医者の待合室で、近所の家の噂話を聞かされて。
「空飛ぶ馬」 雑貨屋の人の良い若旦那。どうやらいい人が出来たらしい。
 
 優れた技量があれば派手な事件を描かなくてもミステリは成立するという好見本。細やかな言葉づかいが伏線につながっていく手つきが素晴らしい。そこに落語と文学に関する蘊蓄が織り込まれ、ちょっとした苦味も振りかけられている。連作らしく各編のつながりも全体の起伏をつくっていて、最後にいい話を持ってくるあたりまさに解説のいうとおり心憎いばかりである。苦さはあるとはいえ、基本的には読者を圧倒し過ぎないもてなしのよさが作風と思われ、甘い話だと切り捨てる向きもあろう。しかし世の中強烈な話を好む読者ばかりではないわけで、穏やかでありながら高度な技巧が凝らされたこうした作品が気軽に読める状況は大いに歓迎すべきことだろう。今度寄席に行ってみようかな。