『あなたのための物語』 長谷敏司

 ふと書店で真っ白な装丁が目に入って購入。力作である。
 
  近未来、ナノテクノロジーによって疑似神経技術が発達し、感情や思考を記録する言語ITPや人工知能が開発される。その先端技術を一手に担う企業のオーナーである主人公サマンサは研究に没頭する日々のなか、突然不治の病に侵される。

 未来社会やその技術を扱ったSFは無数にあり、医療技術が人間の身体を変えるといった話も沢山あり、ともすればその明るい面ばかりが描かれることも多い中で、そうした未来に生きる人間の病について個の視点からストレートに描かれた本作のようなSFはおそらくまれだろう。本作では、病の苦痛が人に及ぼす影響や技術によってそれが克服できるのかといった問題が真正面から論じられ、その逃げ場のない展開は息苦しいほどだ。まだ若い筆者をしてこうした題材を選ばせた理由についてはよく分からないが(執筆の苦労についてはご本人のブログに載っていた)、技術が発達した未来にも病の苦痛はあるだろうという(ある意味当然な)ことをふまえて、未来社会をシミュレートすることにより、現代における疾病や生というものを(時に愚直なまでに)一本道で表現しようとした貴重な作品であり、その誠実な創作姿勢に拍手を送りたい。