NHK-BS<ソウル・ディープ>第2回ゴスペルからソウルへ

 昨日の続き。どうも製作は2005年のようだ。NHKのHP間違ってるぞ。第1回と似たような時代だが今度はゴスペルを中心としたソウルミュージックへの流れ。サム・クックがメイン。
 冒頭カシアス・クレイ(モハメド・アリ)がいかにサム・クックを尊敬していて二人がいかに仲睦まじかったかが映像で示される。勝利の瞬間リングにサムを直ちに呼びよせる場面、TVで寄り添い歌を歌う二人。スポーツ界のスーパースターですらサムを敬愛してやまなかったということである。
 子供の頃から歌手としての成功を夢に見ていたサム。憧れの歌手はソウル・スターラーズのR・H・ハリス。1940年代〜50年代シカゴなど都会の教会からゴスペルミュージックが黄金期を迎え、巡業のミュージシャンたちは厳しい差別の中ではあったが大人気を誇っていた。原タイトルはThe Gospel Highwayでそうした巡業のあった経路をいうようだ。
 ソウル・スターラーズのメンバーとなったサムは、端正なルックスにセクシーな仕種、さらに多くの歌手のようなしわがれ声ではない滑らかな歌唱で女性を中心に絶大な支持を得ていた。ツアーには自由が多かった一方で、ポップ・ソングを歌うことだけは硬く禁じられていた。サムは当初匿名でレコードを出していたが、ついにYou Send MeでR&B歌手となる。当時の仲間のキャンディ・ステイトンなどは不安視していたようだが、白人の若者の支持を受けて大成功、ウィルスン・ピケットやソロモン・バークベン・E・キングの先駆けとなる。
 サムはレコード会社も設立、当時の黒人としてはまれにみる成功者となる。さらにサムは公民権運動の盛り上がりの中でボブ・ディランのBlowin' in the Windをカヴァーし、アンサー・ソングA Change is Gonna Comeを作り新境地を開く。しかし当時のボビー・ウォーマックにEerie(不気味)と言わしめたその曲の録音からほどなく、安モーテルでその管理人に射殺されてしまう。享年33歳。憧れの存在の死は黒人社会に深い哀しみと不信を巻き起こすことになってしまった。その後彼の優れた楽曲とゴスペルを取り入れた手法はオーティス・レディングアレサ・フランクリンに引き継がれる。
 サム・クックの曲は結構聴いていてもそのキャリアについては知らなかったのでよく分かった。歌手として優れていただけではなく、ヒットを飛ばすセンスもあったのだなあ。実に早すぎる死が惜しい。
 ゴスペル関係ではディクシー・ハミングバーズ、ステイプル・シンガーズの古い映像も出てくる。ブルース・ブラザースで有名なソロモン・バークのEverybody Needs Somebody to Loveの映像はコール&レスポンスの原点を感じさせる。他インタビューに大好きなメイヴィス・ステイプルズも登場。若いころその迫力のヴォイスに「賭けてもいいが男の声だ」と言われたことがあるらしい(笑)。またサム・クックの弟もインタビューに登場する。サム・クックの最期については、直前に女性とその場を去った様子を見たというアール・パーマーの話や裁判での射殺した管理人の話(正当防衛だという)、葬儀の様子などなかなか生々しいものがあった。

※アリとのことを追記