『模造記憶』 フィリップ・K・ディック

 新潮文庫のディック短篇選集はたしか3冊あって、他読了した『悪夢機械』と未読の『永久戦争』。これまたディックらしい短篇集だ。
「想起装置」 いわゆる精神科医もの(主人公が精神科医にかかって「変な夢を見るんです」とか相談する場面から始まるパターン)のヴァリエーションだがその後の展開がいかにもディック。
「不屈の蛙」 初期らしい軽妙なタッチだが、アイディアもテンポも良く世評が高いのがうなずける。
「あんな目はごめんだ」 語呂合わせを主としたショートショート。あっさり読み終えてしまうが浅倉先生の技が光っているのではと原文もしらずに愚考。
「この卑しい地上に」 魔女もののファンタジーで、ディックらしさはあるものの珍しいのでは。
「ぶざまなオルフェウス」 憧れの歴史上の人物に啓示を与えることができるというタイムトラベルもの。普通。
「囚われのマーケット」 謎の商売を行なう祖母のトラックにこっそり乗り込んだ孫、という話だと少年を中心とした青春ものになりそうだけどねえ。そうならないのがディック。ただ多少バランスが悪い感じも。
「欠陥ビーバー」 女性関係に悩むビーバーの話。女性とゴタゴタする主人公というのもディック作品にしばしば出てくるがなにしろビーバーだからね。ついつい笑っちゃう。
「ミスター・コンピューターが木から落ちた日」 かわいい不気味な機械が登場する作品も多い。が、これはちょっと途中で投げ出した失敗作だな。
「逃避シンドローム」 おかしいな、オレは妻を殺してしまったはずなんだが・・・。もういかにもディック。傑作じゃないけど十八番って感じ。真相をつきとめるために主人公が思いつく方法が明らかにおかしくて、らしいんだよね。
「逆まわりの世界」 同名の長篇を読んだのはずいぶん昔のこと。こんな話だったけか?なんか話がよく分からないんだが、長篇のほうは楽しく読んだ記憶もある。ディックの場合細部で楽しんでいるところもあるのかもなあ。
「追憶売ります」 映画‘トータルリコール’の原作として有名。これは文句なく傑作。火星行きに憧れる主人公が、実は本当に行っていたが記憶を消されていたという。うまく消せなかった部分が火星への憧れになっていたためらしいのだが、それを矛盾のない形で記憶を整理できないかという発想が登場する。実際の経験に基づく記憶を確かにするために偽の記憶を植えつけようという倒錯ぶりがこの人ならではだなあと思う。
「不思議な死の記憶」 これは一般小説といえるかな。ブームタウンラッツのヒット曲I don't like Mondays(哀愁のマンデイ)でもモチーフになった銃乱射事件の犯人ブレンダ・スペンサーがこの作品でも大きく扱われている。
出来のいいものと悪いもののバラツキが多少残念。「不屈の蛙」「欠陥ビーバー」「追憶売ります」あたりがベストかなあ。