『エステルハージ博士の事件簿』 アヴラム・デイヴィッドスン

 不思議な小説である。
 時は19世紀と20世紀の変わり目、東欧の架空の小国で起こる常識外の不可思議な8つの事件を、博覧強記でオフビートな大博士エステルハージが解決する!(本書帯から)という内容。
 一応舞台は架空の国。だが実在の他の国は他の国で存在していて、影響なども及んでいたりするからフィクションといってもなかなか手が込んでいる。また話も通常のミステリにホラーやファンタジーなどいろいろな要素がちりばめられていてさらに珍味になっている。
「眠れる童女、ポリー・チャームズ」見世物小屋の眠り続ける童女の話。異色作家短篇集『狼の一族』にも収められている通り、単独作ではこれが一番かな。不気味さと切なさのあいまった感じがたまらん。
エルサレムの王冠、または告げ口鳥」盗まれた王冠をめぐる騒動。時代錯誤なノリが笑えるドタバタなんだけどどこか哀感が漂う作品。
「熊と暮らす老女」叔母エマの頼みで地所の差配人の取立ての調査に赴くエステルハージ。実にこの人らしい、弱者への共感にあふれた作品だなあ。
「神聖伏魔殿」奇妙な宗教が礼会の申請に役所やってきた。落語みたいな話。
「イギリス人魔術師 ジョージ・ペンパートン・スミス卿」交霊術を扱った怪奇幻想もの。小道具などなかなか雰囲気があっていいね。
「真珠の擬母」とある地方の名産真珠擬(もど)きに関する海の伝説(ローレライ)の話。これも「ポリー・チャームズ」と似た傾向の作品で出来としても匹敵するかな。
「人類の夢 不老不死」金の指輪を売りさばく謎の男の正体は。これもコミカルな落とし話。
「夢幻泡影 その面差しは王に似て」美しいエピローグ、といった作品。
 
 この架空の国はスキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国といって言語・宗教・社会体制など複雑で一言で言い表せないような国である。一編一編でその様子が少しずつ明らかにされていいくのだが、必ずしもその語りは親切ではないので読み易いとはいいにくい本である。ただそれぞれの作品の基本のモチーフは古典的なもので、あせらず読み進んでいくとユーモラスでノスタルジックでちょっと怖ろしい異国情緒にあふれた世界を堪能することが出来る。そしてその世界が立体的に身近に感じられた時最後の作品を読み終えると旅の終わりのような一抹の寂しさにおそわれるのだ。こんな奇妙な作品集は他にないだろう。