『ダールグレン』刊行記念トークショー 丸屋九兵衛VS柳下毅一郎@三省堂書店SFフォーラム

 丸屋さんファン(P-Funkファン、丸屋さんが編集長になってからのbmr定期購読者)、柳下毅一郎さんファン、ディレイニーファンでもあるまさにオレのための企画だよ!と思ったイベント。『ダールグレン』刊行にふさわしい事件的な企画じゃああ!ええええ、もちろん重なった用事はキャンセルして行ってきたですよ。
 しかしBiting Angleさんの完璧なレポートの後でオレは何を書くというの(笑)。それでもなにやら各方面から無茶ぶり(笑)もあったので、なんとか自分なりのまとめをやるよ!備忘録なので偏向内容御免!各所不正確さにもご容赦を(ご指摘下さい)。時間順はもちろん不同です、なにしろ相手がダールグレンですから(笑)。
 

 全体的には柳下さんがダールグレンの謎をテキスト的に解読し、ディレイニーファンである丸屋さんがファンとしてそしてブラックカルチャー専門家として注釈を加えていくという感じ。SFマガジン9月号のディレイニー特集と重なる部分も多い。
 オレにとっては憧れの偉人、丸屋さんであるが(もちろん終了後サインももらったよ!)SFファンへの知名度は?ということで、まず国書刊行会樽本周馬さんから紹介あり。トークショーの付録として、2005年1月にSF系サイト「アンシブル通信」に掲載された丸屋九兵衛さんへのインタビューが配布され、その頃から樽本さんが注目していたらしい(このインタビューは知らなかったが丸屋さんに個人的に注目しだしたのも同じくらいの頃だな)。丸屋さんは今年からブラックミュージック専門誌bmrの編集長になったが、その巻末になんとbmrのロゴのtattooを入れている写真が載っている。これに樽本さんが驚き(いやあれはオレも!ていうか誰でも!)、『ダールグレン』の翻訳が出たら真っ先に丸屋さんに語ってもらおう、ということになったようだ。そんな紹介に対して、丸屋さん左腕をまくりあげ
 「bmrの前にSFのtattooが先です。」と場内をアッといわせる。そして『ダールグレン』の翻訳が出ることとその刊行イベントに招かれたことに感謝の意を表されていた(トークショーが開かれた神保町本店8階はオリオンモデルズという模型屋だったという細かいネタも登場)。『アインシュタイン交点』刊行が決まったという噂に早川書房に電話で確認し、bmrにいち早くそのニュースを載せたという筋金入りのディレイニーファンらしいエピソードも披露。丸屋さんはその後、トークショーの参加者がどういう人たちか気になるらしくわれわれ参加者にいろんな質問をしていたのもちょっと可笑しかった。
 さて本題の『ダールグレン』、沢山の付箋をつけた本を手に(ゲームブックのようだという一言あり。まさしく!)、柳下さんから重要な参考資料‘Heavenly Breakfast’の提示。これは1960年代末のニューヨークのコミューン時代について書いた自伝。その体験のフィクション版が『ダールグレン』ということのようで、いろいろと符号がみられるようだ。この表紙みたことあるなー、SFマガジンだったかな。‘Heavenly Breakfast’についての話が面白いので登場した話題を箇条書き(基本的に柳下さんからのお話)。
・タイトルはディレイニーが属していたイーストビレッジのコミューンの名前。バンドを中心としたコミューンで、バンド名も同じ。
・やっていた音楽はたぶんサイケデリックロック。音源はおそらく無さそう。ディレイニーの音楽性は基本フォークロック、電気があれば(笑)サイケデリックというのがお二人の推測。
・お金がないのでドラッグで稼いだりといったことも。
・コミューンの中心人物が<グレンダール>(そのままだ!)
・いろんなコミューンとの交流が描かれている。おそろしく汚いところ、出版関係の人がやっている妙に分業制の進んだところ(コミューンらしくなくディレイニーは嫌っている)、334番地(<ホントかよとつっこまれていた)のネオナチ+SMがかってるが必ずしも悪い連中とはいえないコミューン(おそらくスコーピオンズのモデル)
・レイニャのモデルらしき女性も登場
・フルートを吹いてこだまと合わせるという奇妙な多重録音のシーンがある(そんなことが可能なのか!?と柳下さん、さあ?と答える丸屋さん♪)
・Babelというフォントの話も出てきて、どうやらBabel-17の元ネタはここか(これもそのまんまだな・・・)
・スタジオ使用代が高騰したためバンドもコミューンも解散(ある程度知名度もあったディレイニーは資金提供をしんかったのか、いややはり本人も貧しかったのではといった意見も)。
・当然『ダールグレン』で描かれたようにコミューンではフリーセックス状態のはずだが‘Heavenly Breakfast’には性的描写が全く出てこない。(その時代の制約かもしれない、と柳下さん) 
 ということでやはり『ダールグレン』はその時代の自伝的要素を多分に含んだ小説のようだ。具体的な小説の仕掛けについても柳下さんから(後に「自分で謎を出して自分で謎解きをしている(笑)」との発言も)。これも羅列(この辺は元々の作品把握がグダグダなので不正確な記載になるのをご容赦下さい)。
・装丁についても理由がある(気づかなかった・・・・)
・コーキンズは存在しないのでは?
・ノートに描かれているのが小説『ダールグレン』であるが、それが書きかえられていくといった複雑な構造。
・『ダールグレン』はメビウスの輪であるとディレイニーがいっているように、表と裏という二つの現実があってそれがひねられて結びついている構造。2巻P206からの倉庫のシーンがそのひねった部分ではないか。倉庫=ディレイニーの脳内。「赤い目玉」がポイントでその構造を露出させている。(「赤い目玉」にキッドがおそれるのはセックスのあと冷たくされることの表現。丸屋さんからはマリファナ使用のイメージもあると指摘)
・2巻P454で狙撃犯がポール・フェンスターだと分かるのにその後キッドたちと親しく話すという奇妙なシーンは二つの現実を示しているのではないか。
・キッドが意識を失っているうちに時間が経ってしまうというシーンは、<意識の流れ>を逆手に取ったものではないか(「意識を失っている間はキッドは存在しない」というような内容だったように記憶しますが、これはなかなか難しかったのでこの程度の記載にしておきます)。
ジーン・ウルフと違ってテキストに全て答えがあるといえないところがあって、明らかに解決不能な謎もある。
・(樽本さん)本人が言っているように構成など「魔の山」をモデルにしていて、それは確か。
 あと時代背景やディレイニー作品の中での位置づけその他。
・(柳下さん)持っている原書も古本なのにきれいだったので、自分だけではなく前に買った人もちゃんと読んでいない(笑)。刊行当時、日本ではほとんど読んだ人はいないだろう。刊行当初本国でよく売れたのは事実のようだ。ヒッピー小説として受け入れられた可能性がある。
・(丸屋さん)ディレイニーは『ノヴァ』あたりまで「複雑なメタファーのシンプルなつくりの小説」だったが『ダールグレン』では「複雑なメタファーの複雑な小説」に。
・(丸屋さん)ディレイニーの肌はやや薄く(混血のため完全なブラックではない)、黒人意識といったものが強くないように(日本では)考えられがちだが‘Racism and Science Fiction’(<リンクしましたが未読ですあしからず)など意識は強い。
・(柳下さん、丸屋さん)出発時はB級SF作家であったこと、黒人でありゲイである(黒人コミューンではゲイへの差別意識が強い)ディレイニーには自分の属するコミュニティへの複雑な感情があるはず。そうした思いが『ダールグレン』に込められているのでは。また発表されたのがまだ1970年代であったことは衝撃も大きかっただろう。
・(柳下さん)ポルノ小説‘Tide of lust’で登場人物の年齢が13歳と15歳でやばかったので113歳と115歳にした(場内爆笑)。
・(丸屋さんの質問に対し、客席の高橋良平さん) (Neveryonは)つまらない・・・。(ファンタジー世界の貨幣経済うんぬんみたいな要素が含まれていると解説に書いてあったりするらしい。変名のディレイニーによる解説らしく自作についてはそうするようだ)
・(丸屋さん) 吹奏する楽器が多いのはゲイらしい(性的な意味で)。本文中にニグロという強い言葉が本文で使われているのは言葉責め的な要素?(黒人系を表現する言葉の時代の変遷について解説をして下さった。(coloredは有色人種ではなく黒人のこと、だが今は使われていない、など) 彼の近年のゲイポルノはスカトロ系らしいので困ったなあ(意訳)。本の趣味で気に入ったホームレス男性をお持ち帰り。その後関係を続けるかどうかで仕事との板ばさみになった。
・『ダールグレン』の性的な表現いついては、「多いが目立つほどでもないのでは」(柳下さん)、「いやゲイの方になると描写がしつこい」(丸屋さん)と多少意見が分かれる。
・(柳下さん) 誤植の問題などについて言及することの多いディレイニーだが、ホントはちゃんと校正していないのでは。コミューン生活の時代とかだと連絡が取れないから出版社も苦労したに違いない。
・(柳下さん)他SF作品ではミュージシャンが主人公が多いが『ダールグレン』では詩人。より本人に近い。
・(丸屋さん) スタートレックDS9(黒人司令官が主人公のシリーズ)のエピソードに1950年代黒人SF作家が主人公を黒人にする作品を没にされるというものがある(「夢、遥かなる地にて」)。このモデルは明らかにディレイニー。シリーズ最終作は撮影現場をその作家が見つめるというメタフィクショナルなオチになるアイディアもあったらしいが実現しなかった(これは凄い!)。
 
 以上とりとめないレポートになってしまったが。その他丸屋さんからディレイニーのルックスの変遷の紹介などもあって(場内騒然)、 非常に中身の濃いトークショーだった。丸屋さんのサーヴィス精神、柳下さんのいつもながら鋭い解説、楽しかったー。樽本さんのサポートも素晴らしく、お三方どうも有り難うございました! 
 とにかくただならぬ作品で正直いびつなところもあるけど、いろんな意味で印象深い読書体験を与えてくれる作品。‘Heavenly Breakfast’は読んでみたいなあ。

8/2 ちょっとだけ加筆。
さらに追記 せっかくだから丸屋九兵衛さんのひとことブログ(雑誌bmrサイト内)にもリンクはっとくか→こちら