『10ドルだって大金だ』 ジャック・リッチー

『狼の一族』で読んで以来ジャック・リッチーが気になっていたので、短編集に手を出した。解説では‘クールな魅力’とあるが、そうした冷たい感じよりもむしろ親しみやすいとぼけた味わいが感じられ、それが人気の理由だと思う。いずれにしても肩の凝らないカラッとした作風は誰でも楽しめるものだろう。読者をひきつける秀逸な冒頭と適度にオフビートな展開がいい感じ。以下印象に残ったもの。
 
「毒薬で遊ぼう」 青酸カリ入りの丸薬をふざけて隠す子供たちに翻弄される刑事。会話が楽しい。いやもう最高ですよこれ。 
 
10ドルだって大金だ」 銀行には10ドル余分にお金があった。堅物の会計検査官に指摘をされた主人公は調査に乗り出す。目新しい話ではないけど、テンポの良さも特徴だな。
 「50セントの殺人」 ちょっとサイコもの風なんだけどあくまでも軽いんだよね。        
 「とっておきの場所」 妻殺しの容疑をかけられた主人公。家に捜査の手が伸びるが・・・。落語っぽいオチがいい。 
 
「キッド・カーデュラ」 ボクシングジムにふらりとやってきた新人は凄い強さだった。これはアレだというのはすぐ分かる。こんなのも書いていたんだなあ。 
 
「誰もおしえてくれない」 ここから5編は刑事ヘンリー・ターンバックルのシリーズ。独断による推理がはずれながらも何とか事件を解決していくというシリーズ。一方的に語られる‘事件の真相’のずれぶりがなんともおかしい。本作も物凄い傑作、というわけじゃないんだけどなんか楽しいんだよな。
 
 解説によると本書が生前唯一の本だったようだ。1982年MWA際湯修短編賞を受賞したが、その頃から体調を崩し、翌1983年に唯一の長編を完成させて入院、同年4月には心臓発作で死亡。ちょっと気の毒な人生である。