『蒸気駆動の少年』読了

 これは翻訳SF史に残る一冊。質、量(!)、作品のヴァラエティ、充実した解説いずれも特筆すべきでSFファン、ミステリファン、ホラーファン、そして何より一般読者に手にして欲しい本だ。これまで熱心なスラデック読者ではなかったため、本書でようやくその力量を目の当たりにした気がする。以下印象に残ったもの。

「古カスタードの秘密」 夫婦で監視し合うディック的パラノイアの世界。テンポが良い。
「ベストセラー」 語り手により二転三転する真実。『アレクサンドリア四重奏』のパロディだって!
アイオワ州ミルグローブの詩人たち」 単独デビュー作だからかスラデック色はまだ薄め。むしろ解説にあるようにアメリカの地方出身者らしさが感じられるのは面白い。
「ピストン式」 『ロボット・オペラ』の編者に掲載をすすめたが、OKが出ず、「ロデリック」の抄録が載ったとは大森望さんの談。その大森さん言うところの<誰も嬉しくない>エロシーンのやり過ぎぶりが素敵。
「月の消失に関する説明」 自分としてはこれがスラデックって感じに思ってたんだけど、いろんな面のひとつなのかもなあ。とにかく好きな作品ではある。
「見えざる手によって」 すごいトリックじゃないけど軽妙なミステリの傑作。
「密室」 こっちはむしろメタミステリ?密室トリックが次々に披露されるのがやたらとおかしい。
ゾイドたちの愛」 本物の人間になりたいゾイドたち。鈴木いづみ夜のピクニック」を思わせる<変なのに哀感が漂う>傑作。
「血とショウガパン」 まさに‘残酷な童話’。これまた傑作で、こんなのまで書けるスラデックには脱帽。ホラーファン必読。
「不在の友に」 トークショーでも指摘されていたように、筒井康隆に似ているところも多い。これもそんな一編。問題は売れ方に大きな違いがあることで・・・。
「蒸気駆動の少年」 タイム・パラドックスものも理屈がポイントだからね。本当に色んなタイプの作品を見事に仕上げられる人だ。
「教育用書籍の渡りに関する報告書」 読まれない本たちが、はばたいて飛んでいくという意外や意外のカワイイお話。
「不安検出書(B式)」 お得意の非小説形式もの。項目を追うごとに本気で落ち着かなくなってくるのだから参った。

 帯の<最初で最後の決定版>に(最後かもしれないのは残念だが)偽りなし。個々の作品は短めで、丁寧な解説のおかげもあり分かり易いし、多様な作品が揃っている素晴らしい短編集。2008年(早速!)No.1のおすすめ本である。