『金剛石のレンズ』 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン

 知る人ぞ知る名短編集の復刊である。とはいえ、再刊されるまで本書のことはあまりよく知らず、19世紀中頃の早世した作家であることも今回初めて知った。特に古い小説の読書経験値が乏しい当ブログ主には、19世紀というと以前読んだ『ディケンズ短編集』ぐらいしか手持ちの比較対象がないのだが、本作品集の方がよりモダンで端正な仕上がりで視覚的イメージの鮮やかな作品が多く非常に驚かされた。多彩な作品をものにする技巧は素晴らしく、解説にある<変幻自在の小説の魔術師>も決して誇張ではない評判通りの作品集である。どれも面白いが、中でも気に入ったものに○。

「金剛石のレンズ」○ 生活の全てを顕微鏡を使っての研究に捧げてしまった男の物語。テーマの先駆性はもちろん、ミクロ世界の描写が美しい。
「チューリップの鉢」○ 子供の頃から魅せられていた館に、ようやく住むチャンスを得た主人公。ちょっと不気味な前半から一転して、後半は心霊探偵ものの展開。見事にのせられた。
「あれは何だったのか」 主人公を突然襲ったものの正体とは。タイトル通りの、実に雰囲気のある怪奇譚。
「失われた部屋」○ うんざりするほど暑い夜。外出から戻った主人公は自分の部屋で見知らぬ者たちが繰り広げる宴を目にする。丹念な風景描写からじわじわ高まる不安。サンリオSF文庫版のタイトルだったのも納得の傑作。
「墓を愛した少年」○ 孤独な少年が愛したのは名も刻まれていない小さな墓だった。普通小説といってよいだろう。わずか6Pだが涙なしには読めない逸品。
「世界を見る」 才能溢れる詩人は壁にぶちあたり、とある名医を頼る。一転、今度は皮肉な物語。こちらも巧い。
「鐘つきジューバル」 鐘つきジューバルは告白したアガサにふられて。これまた小品ながら魔的なイメージが炸裂。技巧的な面と相反するようなイメージの迸りもみられるのがこの人の面白さだと思う。
「パールの母」○ 愛する妻と子に恵まれた主人公の幸福な日々が次第に歪み始める。前半の南洋を舞台とする超自然的なイメージの物語が、後半思わぬ展開をみせる。これも作者の筆にまんまとのせられた感があるのだが、他作にもみられる独特の意表をついた展開はもしかしたら計算ではなく作者の天性のセンスによるものなのかもしれない。
ボヘミアン」 巨万の富を求めた主人公をめぐる顛末。特別珍しい話ではないが、古臭くないんだよね。
「絶対の秘密」○ ある男が語る自らの秘密とは。コミカルでブラックなサスペンス小説で、これまた傑作。語られない部分もほどよく残されて、巧いなあ。タイトルもいい。
「いかにして重力を克服したか」○ とある科学者が発明した機械は重力を克服した。『サテライト・サイエンス・フィクション』という雑誌に掲載されたというようにSFである。ガジェットの丁寧な描写といった辺りのセンスは、ハードSFっぽくすら感じられる。
「手妻使いパイオウ・ルウの所有する龍の牙」 手妻使いパイオウ・ルウの行う様々な奇跡のお話。こちらは中華風ファンタジイ。作品のバリエーションの豊かさには脱帽。質も高いしね。
「ワンダースミス」○ ワンダースミスの持つ不気味な木彫りの人形たちは怖ろしい力があった。残酷な童話風で、ラブロマンスありちょっとしたアクションありの娯楽作になっていて、このまま映像化すらいけそうだ。
「手から口へ」 冬の夜に下宿から締め出された主人公は、謎めいた男の案内で奇妙なホテルに案内される。最終章は編集者によるものらしく、前半の不気味な雰囲気と後半のコミカルな感じの落差による違和感がこの作品集の中では目立つものの、目・手・口・耳がそこかしこに並んでいる奇怪なホテルのイメージは強烈で夢に出て来そうだ。

 以上14作どれも楽しめた。作品の質と多様性をみると実に早世が惜しまれる作家である。