『洋梨形の男』 ジョージ・R・R・マーティン

 絶対面白いだろうと期待して読み始めて裏切られないというのは幸福なことだ。6編どれも良く抜群のリーダビリティで、一気に読める。短編好きの自分内では年間ベスト(3?5?)内に確実に入る。特に良かったものに○。

「モンキー療法」 ケニーは食べることが大好き。でもやっぱり自分の体型は何とかしたくて、友人の口から出た<モンキー療法>に飛びつくことに。ダイエットホラー。解説にカーシュの名が登場するが、なるほど奇怪な味わいには相通じるものがある。出てくる食べ物がいちいち巧そうなところがいい(カロリーは相当高そうだけど)。
思い出のメロディー」○ 奔放な青春時代をともに過ごした仲間。お互いの音信もまれとなり、過去とは無縁な日常を送る面々だったが、メロディーだけは違っていた。大人になり切れずトラブルメーカーと化してしまったメロディーはいわゆるイタイ人物であるが、主人公らが忘れてしまいたい若気の至り時代を否が応でも思い出させる存在でもある。そうした中年の悪夢を見事に描いた作品。
「子供たちの肖像」○ 創作のことしか頭にない小説家のリチャードは一緒に暮らしていたひとり娘に家出をされてしまう。画家である娘が描いた絵が送られてくるのは和解のしるしかと思いきや・・・。周囲をかえりみることなく創作を行いたい作家の欲望が赤裸々に語られる(かのように思える)なかなかにエグい傑作。作家がどこまで物事を描いていいのかということで、カードの『消えた少年たち』を想起した(作品そのものとしてはずいぶん違うけど)。
「終業時間」 大雨で閑散としたハンクのバー。常連のミルトンが激昂して友人のピートを探している理由は一つの石が原因だった。意外な展開がびっくりのユーモアもの。重い作品の後という順番で編者の狙い通りに笑わされました。
洋梨形の男」 ジェシーが引っ越した部屋の真下に住む不気味な洋梨形の男。彼女は出来るだけ接触を避けようとするが、生活に次第に彼の影が。洋梨形の男が飲み食いするものはコークや菓子(カールみたいなやつかな)ばかりで、読み進むうちになんだか甘いものを取り過ぎた後の胸の悪さに似た感じを味わう。そういった嗜好性というか食べ物の種類が背景にあるという意味では本作や「モンキー療法」のような作品は日本人作家が同じネタで書いても全く違うものになりそうな気がする。
「成立しないヴァリエーション」○ 大学時代のチェス大会ですんでのところで逆転負けをくらったために団体戦のメンバーから罵倒されたバニッシュ。10年後コンピュータ業界で大成功し、当時のメンバー誰よりも裕福になった彼は当時のメンバーを呼び寄せる。問題のチェス大会のゲームを片時も忘れたことがないという彼がその成功法を語り始める、というチェス小説(!)であった。当然ながらチェス小説集『モーフィー時計の午前零時』に入ってもいい内容。果たして『モーフィー』製作用のリストに元々はあったのか、本書の刊行が決まっていたので最初から選ばれていなかったのか、気になる。それはさておいて、本作も「思い出のメロディ」と同じく、過去が侵食してくる話で、これまた苦い余韻が特徴。

 昔からこの人の中短編は読み易くて面白かったが、こちらも年を取ってきてその苦さ・挫折といった要素が強く感じられるようになった。特に中編くらいの長さが面白いんだよね。