『泰平ヨンの航星日記 改訳版』

 さてさて遅ればせながら読了。これも『回想記』と同じ様に短篇集なんだな。というわけでノリは『回想記』とあまり変わらない。以下、感想(○が特に面白かったもの)。

・序文など 本編まで4つも続く(序文、第三版への序論、増補改訂版への序文、資料に関する覚書)のが笑える。実際に4度も補足されたもののようだが、意図したものかどうか、これが既にメタフィクショナルなレムらしさを感じさせる仕様になっていて笑える。以前の版が2つだけだったことを考えると、これは訳者のこだわりの勝利ですな。
・第七回の旅○ 故障した宇宙船で時間の流れに異常が起こり、泰平ヨンが分裂、そしてさらに。というエスカレーション系の話で、終盤のやや強引な展開含め楽しい。
・第八回の旅 惑星連合に地球が加盟することになり、代表として演説することになったが、推薦人の代理のタルラカニア人は全く地球のことを知らずに大騒動に。異種文明の落差をユーモア風味で描いているがラストはありゃりゃ。
・第十一回の旅○ カレリリヤ問題担当秘密全権委員から極秘の宇宙規模の重要案件について、急遽会議への出席を求められたヨン。実はプロキオン聖域がコンピュータに支配され、人間への脅威が懸念されるというのだ。一人プロキオンへと捜査に赴くが。プロキオンの異様な世界もユニークだし、ミステリとしても面白い傑作。全体主義への風刺といった要素も感じられる。序盤に登場する銀河商船<天賦>2号は横浜から出港しているらしい(なぜ横浜?)。
・第十二回の旅 友人タラントガ教授が時間を伸縮できる装置を発明。早速アマウロピヤ惑星の生物にその装置を使ってみたくなり、出かけるが。終盤のせわしない展開が何ともおかしい、やや短めの作品。
・第十三回の旅○ 偉大なる嗚呼師に会うべく旅をしていたヨンだが、ピンタ自由魚族の魚察署に捕まってしまう。ガイドブックでなるべく迂回するように書かれたピンタとパンタの双子惑星の近くにうっかり入ってしまったのだ。魚人の惑星の様子が面白い、ある意味奇妙な味系に近い作品。
・第十四回の旅 タラントガ教授に借りた本が面白かったので、狗留伝竜(クルデル)狩りに出かけることに。自らが餌になる狩りのマニュアル、とんでもない状況で行われる野外演劇がおかしい。
・第十八回の旅○ 「信じてくれる人はほとんどいないかもしれないが、森羅万象を創造をした。失敗だったかもしれないが、私のせいではない。計画を邪魔されたのだ。」と、泰平ヨンが独白する話。この宇宙がいかにいい加減に創生されたかについての話で、がっかりすること間違いなし!?
・第二十回の旅 時間移動が可能になった未来から自分自身が来訪。そいつに超地球歴最適化計画の総責任者になれといわれる。これまでの悲惨な地球の歴史を修正するという計画らしい。修正がドタバタのうちに行われたという、なんとなく第十八回に似たネタで、もう一人の自分自身というのも第七回とのカブリが気になる。繰り出される歴史ネタは楽しくはあるが、ややくどい感じもある。
・第二十一回の旅 二十回の旅の混乱から地球を逃げ出したヨン様。たどりついたのは二信教という宗教に支配されたジフトニアという星。奇妙奇天烈というこのシリーズにふさわしい怪作。文明が発達するとスクラップが宇宙にはみ出すという法則(鋭い指摘!)が導入部にあったかと思うと、二信教の教義や家具もカツもとれる畑や身体改変などのネタが惜しげもなくハイペースで機関銃のように繰り出され、すっかり置いてけぼりになっちまったアタイでした。神学的ディスカッションが分かりづらく、それがジフトニア人の歴史とどうからむのかが把握できなかった。いつか再チャレンジしたい。
・第二十二回の旅 なくしたナイフを探しに星をめぐっていたら、ドミニコ会の修道士に会う。宇宙での布教の難しさが、レムらしいキツイ皮肉で描かれる。二十一回が架空の宗教なら、今度は実在の宗教の話で、まあ違うといえば違うネタだけど、うーんこれまた続くとね。ちなみに解説によると二十一回は1971年、二十二回は1954年で随分書かれた年が違う。ともかく、書きたいことを書いているのだということはひしひしと感じられ、そこはホントに敬服する。
・第二十三回の旅 無駄な時間は装置によって原子に分解されて過ごすというブジュト人にその装置をすすめられてからその便利さにハマったヨン。短くて分かりやすい。
・第二十四回の旅○ 階級制をとっていたインジオト人。労働を軽減する機械の発達は、被支配者階級の仕事を奪い、意外な変貌を遂げる。これも短くて分かりやすい。諷刺色が強く、現代社会の問題点を鋭く指摘している。
・第二十五回の旅 とある宇宙幹線の途中で謎の怪物が出現するという噂があった。その正体が実はじゃがいもだというのだが。前半の形而上学的じゃがいも論が最高におかしいのだが、あれ?後半は全然違う話じゃね?前半だけ傑作。
・第二十八回の旅○ 泰平ヨン一族の話。単なるエピソード集かな、と思っていたらなんとヨン様の秘密が明らかに!?

ふうー。結構読了に時間がかかった(1ヶ月くらいかなあ)。本音をいうと決して読み易い本ではない。あまり読者サーヴィスをしてくれるわけではなく、好き勝手に書いている部分も散見される。それでもご一読をおすすめしたい(一部の作品、特に短めのやつだけでもいいので)。それは、細部に登場する発想の面白さに捨てがたい味があって、ともかく一般エンターテインメントでは得られない刺激的な読書体験になることは間違いないから。