『バレエ・メカニック』 津原泰水

 これはキタね。華麗で変幻自在の語りと新鮮なアイディアで、評判通りの傑作。元々評価の高い作家だが、今回はSFファンにもその存在を十二分に知らしめただろう。
 造形家の木根原の当時7歳だった娘・理沙が海辺で溺れ昏睡状態になって9年。創作意欲は減退、パトロンからせびった金は娘の治療費に消え、それでも自堕落な暮らしを送る日々。そんな中、周囲に奇妙な出来事が起こりはじめる。原因は東京全体が昏睡中の理沙に乗っ取られたというのだ。
 3章構成の第1章ののっけから、火星人が巨大な蜘蛛のような戦車で襲来し、担当医はドイツに空間移動させられ、ビルはねじ曲がり、渋滞で機能停止した東京を馬車が駆ける。めくるめくる奇想が幻惑的な文体で描かれ、(「闘うベスト10」の豊崎由美さんの言う通り)上下左右の分からないクラクラ眩暈を起こすような感覚に陥る(ちなみに倒錯的な描写も多く、性差についても性別の感覚を麻痺させられる)。基本的にあまりジャンル分けするのは好きではないが、2章でミステリ的な要素が入ってきて、3章は実にストレートなSFになるとはいえるだろう(あまり予備知識を持たない方が楽しめるので、この程度にしておくが、3章の<チルドレン>のアイディアはユニークで好き)。また、時代を超えた作品を作ろうとする意志と敢えて反する様な古びるかもしれない現代の事物を意図的に盛り込んでいるような姿勢も垣間見え、今の時代のフィクションであろうとする意志が感じられ個人的にグッとくる。ラストはよく分かんなかったので再読しないいけないが、とにかく魅力的な作品。それからフェルナン・レジェのシュール映画‘バレエ・メカニック’は一度観てみたいなあ。
 個人的には『蘆屋家の崩壊』や数作の短篇はハマったものの、今一つ『ペニス』が分からなかったので、あまり多くは読んでこなかった人だけど、もっといろいろ読みたくなってきた(ただいろいろ積読本が多くて・・・)。