『奇跡なす者たち』 ジャック・ヴァンス

 異世界構築のマエストロ、待望の傑作選(本邦初!)の登場である。もちろん最高の一冊である。
「フィルスクの陶匠」 惑星フィルスクには見事な陶磁器をつくる陶匠がいるが、死体や時には生きた人間を連れて行くという噂があった。再読だが、不気味で偏屈な異文化人との交渉とちょっとしたユーモア風味など実にらしい作品で大好き。発表順で並び1950年で最も古いが、現地文化に興味のない外交官など割合現代的な面もある。
「音」宇宙飛行士が残した手記に書かれていたのは謎めいた星の様子だった。どちらかというと不条理ノリのSFでむしろこんなのも書いていたのだなあという印象。情景描写はさすが。
「保護色」めぼしい星がみつからない大型探索船が見つけたのはなぜかまだ開発されていない対抗勢力ケイの勢力範囲内の惑星だった。テラフォーミングを中心とする本格SFだが、オフビートな展開にらしさがあってそこが楽しい。
「ミトル」不思議な生き物たちが描かれるファンタジー風の作品。これもイメージと違う作品。ただヴァンスは作品数が多いようなのでこちらが知らないいろいろな面があるのだろう。小品だがイメージは美しく印象的。
「無因果世界」因果関係が崩れてしまった世界の話。再読で以前読んだときの記憶があまりないが、よくよく考えるとそんな世界を表現するなんて並の作家じゃ絶対無理だよな。で、ホントにそういう世界がここにあるわけで、つまりはものすごい作家だということだ。
「奇跡なす者たち」優れた咒師たちを従えた城主がしのぎをけずる世界。この人の異世界構築力は当然サイエンス・ファンタジーヒロイック・ファンタジーのとも親和性が高く、これもよいお手本のような作品。
「月の蛾」だれもが仮面をつけ複雑怪奇な階級社会を成す惑星シレーヌでは、多くの楽器をあやつり歌でコミュニケーションをとらなければならない。そこに凶悪犯罪者が紛れ込んだため、主人公は領事代理として解決に当たるが。はじめて買ったSFマガジンに載っていた個人的に特別な思い入れのある作品。何度読んでも素晴らしく、ヴァンスという作家に出会えた幸福をかみしめる。
「最後の城」奴隷種族に反乱で窮地に立たされた人々の戦い描く一大スペクタクル、なんだけど実は中篇。巨鳥の飛翔シーンとか戦闘シーンとかワクワクするよ。

 やっぱり最後の2篇、静の「月の蛾」動の「最後の城」がハイライトかな。ジャック・ヴァンスは全く翻訳をされていなかったカルト作家という感じではなくて、エンターテインメント度も十分高くある程度紹介されていたけど爆発的な人気に至らなかったというパターンだと思う。その作風は大人がゆったりと楽しむといった趣があり、年季の入ったSFファンが単行本スタイルで読むのはマッチしている気がする。めでたくも国書刊行会からヴァンス・コレクションが予定されているらしく、お楽しみはまだまだ続くのだ。(ちなみにキャリアが丁寧に紹介されるなど本書の解説も充実している)

 「月の蛾」についてさらに追記。河出の20世紀SFにも選ばれたのだから一般的にも名作ということでいいんだろう。ただ自分にとっては初めて買ったSFマガジン、ほとんど初めて読んだ海外SFという特殊な経験もあいまっていわゆる「名作」「傑作」と違う、不思議な位置を占める作品なのだ。その時の印象について書いておきたい。星新一をはじめとしてお決まりのコースとして小松・筒井などある程度日本SFを読んで1年程度して、SFマガジンを初めて買った。それが「月の蛾」の訳載された1980年5月号。全く海外SFを読んだことがなかったが、より大人向けのもののようなイメージを勝手に持っていた。そして大人向けの内容として(中学生の癖に生意気にも)「単なる外国文化を他の惑星に移したような安直なものではなく、本当に想像力を駆使して異質なものである異星文化が描かれたような作品」がSFマガジンに載っているのだろうと思っていた。だから「月の蛾」の読後に感じたのは傑作を読んだという<興奮>ではなく、落ち着いた<満足>だったのだ。そして「そうそう、こういう風に異世界が描かれるべきだよな。こういう作品をこれから読むことが出来るのだな」と<安心>したのだ。さてその後いろいろなSFに出会い、楽しくSFマガジンも購読していったが、どうも「月の蛾」のような作品はあまりみない。そしてあのような作品を書けるのはヴァンスだけで、あれが凄い作品であることを気づいたのは随分後になってからだった。

※何度も「奇跡を・・」って間違えてた・・・直した・・・恥・・・