『マラマッド短編集』

 年刊SF傑作選4の変な傑作「ユダヤ鳥」に不思議な面白さがあったので、新刊では手に入らない本書を探していたが、たまたま立ち寄った大型古書店で発見。ユダヤ系らしい独特のカラーがあるなかなかにユニークな作家だ。アマゾン評で柴田元幸が『アメリカ文学のレッスン』で<貧乏叙情の名手>と評していたことを知ったが、まさにその通り、貧しい生活の中で人々が巻き起こす小さな騒動といったものが中心となる物語ばかりである。(以下○が特に面白かったもの)
「最初の七年間」 靴屋のフェルドは店で出会った真面目な大学生を自分の娘の結婚相手にしようと画策する。恵まれない生活の中の人々の思いが切なく響く話である。
「弔う人々」 周囲に嫌われた老いた下宿人が周囲と巻き起こすトラブル。わずか数ページなんだけどラストに話が唐突ともいえるような具合で非日常的な世界へ入っていく。いやファンタジーとかミステリというわけではないくなんというか宗教的な世界というか。時々そういった展開が他の作品にもみられるのがこの作家の特徴だと思う。
「夢に描いた女性」○ スランプで書けなくなってしまった作家は若く美しい新人作家と文通をすることになる。切ないねえ。しんみりと侘しい味のある作品。
「天使レヴィン」○ 洋店が火事になって困窮する洋服の仕立屋マニシャヴィッツ。そこに黒人の天使レヴィンがやってくる。レヴィンの正体がもう一つはっきりしないところがひっかかる。十分読み取れていない気がして傑作かどうかよく分からないのだが実に後をひく話である。
「見ろ、この鍵を」○ さほど貯金もないまま妻子連れでイタリアに留学してきたカール。割安の物件を紹介してくれるという頼りない男がようやく持ってきた物件は訳ありで。ちょっとした金銭をめぐって繰り広げられる理屈ぬきに楽しめる傑作コメディ。
「われを憐れめ」
 生活調査員が元セールスマンの事情聴取をする。これもなかなか他にはない味の作品。
「牢獄」○ 髪結いの亭主ならぬ菓子屋の亭主の話。これまたちょっとした話なんだけどね。いい感じなんですよ。
「湖上の貴婦人」○ 燃えるような恋がしたいヘンリー・レヴィン(30歳)はちょっとした遺産を手にしてヨーロッパ旅行へ。イタリアで美しい娘に出会うが。構成がしっかりとしていて、主人公の心模様が見事に表現されている。名作といっていいと思う。
「夏の読書」 高校をやめてしまいぶらぶらしている少年に時おり話しかける切符売りのおじさん、って書くとつまんなそうだよなあ。でもそういう話なのですよ。情感のさじ加減がいいんだよね。
「掛売り」 つつましくやっている老夫婦のデリカテッセンでつけで買い物をする。これまた貧乏叙情。掛売り、って知らなかったな。
「最後のモヒカン族」○ ジオット(ジョットの方が通るかな)の研究のためにイタリアへやってきた主人公。ユダヤ系であることから、金に困ったユダヤの男につきまとわれる。こういった正体のわからない男の存在感が印象的なのも特徴かな。
「借金」 旧知のパン屋の男に借金を頼みにきた男。パン屋の奥さんは不機嫌になり。ああ貧乏叙情。何だろう、同じような話かもしれないんだけど不思議と飽きないし重苦しい気分にもならない。押しつけがましい感じや説教臭い感じもないんだよね。
「魔法の樽」○ ラビになるための勉強をする大学生が将来のことを考え、結婚相手を探しに結婚相談所に行く。これも傑作。十二分に面白いが、これまた解説によると一筋縄ではいかないところがありそう。

 どの作品も導入が巧みで、すっと話に入っていける。話の展開もほどよいテンポで展開していく。さらに、どうも普通の話だと思っているとそれだけではないという奥深さもある(ようだ)。他の作品も読んでみたくなった。ところでマラマッドの最初に刊行された作品は‘The Natural’(邦題:奇跡のルーキー)で映画化もされた野球小説である。最初が野球小説ということは、野球好きだったのかもしれない。ブルックリン生まれらしいが、もし野球ファンだったらブルックリン・ドジャースのファンだったのだろうかヤンキースファンだったのだろうか、と考えてしまった。←ざっと(ネットだけだけど)調べたが野球好きという証拠は見当たらなかったので少し書き直した